2012年08月31日

 こしかたゆくすえ


 蝉は短命とされていますが実は地中で6年〜10年も生き、
 羽化してからもひと月長らえる固体もあるのだそうです。
 昆虫の中では驚くほど長命ですし、これだけ沢山いるので
 すから、食用にしない手はないと思うのですが、日本では
蝉食の文化はありません。まあ決してうまそうには見えませんし、イガイガしてい
るし、食べるのなら幼虫でしょうねぇ。そうなるとさらにキビが悪くも感じます。

木に産み付けられ孵化して土にもぐり、羽化してまた木に貼りついて生きる蝉の姿
は何とも哲学的です。ただ黙々と生きて成虫に変態した途端、夏の数日間で繁殖
に邁進するその生き様は一言で言うならば 『蝉道とは死ぬことと見つけたり』 で
しょうか。われわれ人間は大きな脳味噌を持った故に生き方に色々な工夫が必要
になってしまいましたが、蝉のような一途な一生に少々憧れます。食べることに心
を砕き、健康にお金をかけ、衣服を吟味し、伴侶を定めて家族を構成し、社会の中
で役割を担う・・・ずいぶん面倒なことです。いっそすべてを捨てて遁世してみたら
清々とするだろうとも思いますが、そんな者は人間とは呼べないので不自然なこと
はやめて、悩みながら寿命まで生きてみましょう。どうせ一人の人間の一生にどれ
ほどの意味もありますまい。大きな関わりが絡む中で、意味を見出さねばやりきれ
ないことが多いので命は地球よりも重たくなってしまったのでしょう。

虫のように湧いて土に返るその軽やかさが夏の終わりには羨ましくも感じます。

進化論が正論であると仮定して、自分の一生の遺伝情報も少なからず後々の
生き物の為になるのであれば、子孫を残して死ぬことは何やら責務を果たした
ようで痛快です。 若者よ、繁殖すべし!


posted by かまなりや at 17:34| 哲・考・生