2017年09月03日

 nanode




すっかり市民権を得て聞きなれた感のある文頭に使う、『なので』 ですが、相変わらず私にとっては耳障りです。然しながらその伝染力は強力で、ラジオ・ニュースで聞かない日はありません。民放各社のキャスターを始め解説者、果てはNHKのアナウンサーや、こども科学電話相談の先生方まで日常的に使う始末で、聞きづらいこと夥しく気障りでなりません。相手にやわらかく伝えるのに重宝な接続詞ですが、文頭に使うのは誤用にほかならず多用する方を見受けるにつけ、その方の知性に疑問を感じずには居れません。

言葉は変わるものですから、この使い方も使いようだとは思いますが、放送では控えて欲しいものです。いっそ文末に使って含みを残して終えるという気味の悪い使い方を試してみましょうかなので。

以上。

posted by かまなりや at 18:04| 哲・考・生