2019年02月21日

 勝 訴




福島原発かながわ訴訟の判決が昨日言い渡され、地裁は国と東電の賠償責任を認めました。実は、陶芸教室の生徒さんに原告団の関係者の方がいらっしゃって、私も人事ならずこの訴訟の行方を気にかけてきました。それでなくとも避難生活という苦しい環境の中、訴訟を戦うのは更なる苦難と思うのですが、辛抱強く戦った結果が良い方向に決着し、末席ながら感慨無料でした。とは言え、汚染された故郷が元通りになるわけもなく、失った物はお金では買い戻せません。

火を使うようになって、人は火傷を負うことも覚悟しなければならなくなりました。マッチのような小さな火ならば火傷もたいしたことはありませんが、原子力の火は大火傷に加えて放射線という恐ろしい副産物まで背負わざるを得ない『大きく危険な火』です。それでも使い続けることをやめない理由が理解できませんが、政治というのは特異的思考の組織であって、庶民から遥か遠くにあるものなのでしょうか。

法的には勝ったのでしょうけれど、心の澱は澄むことはありません。

posted by かまなりや at 18:47| 哲・考・生