2014年08月14日

 三年五箇月


 東日本大震災から、丸3年と5ヶ月
 釜石の町には日常の暮しが戻って
 いました。商店街は再建し、大きな
 商業施設もできていました。

とは言え、津波でさらわれた民家の址は空き地になったまま
のところが多く、壊れたままの建物も残っていました。昔の
町並みは面影を薄くし、林立していた家々がない分、開発中
の造成地に立っているような気分でした。

画像は釜石市役所入り口付近の坂道、庁舎の壁のいたる所
に津波の到達水位を示す表示がありました。この建物の裏手
は小高い山になっていて津波の避難場所になっています。私
テレビで見た津波の映像は、ここから撮られたもの。脳裏
から離れないその映像を撮った場所に立って、その場に居た
人達の恐怖と絶望はいかばかりかと、胸が痛みました。

リアスの海は何事もなかったように穏やかな風波をたて、埠頭
には大きなタンカーが接岸し、ウミネコが鳴きながら飛んでくる
光景とあの映像のギャップは、この世の中に天国と地獄がある
ことを証明したように思います。避難所の傍らに山を祀る愛宕
神社の小さな祠がありましたので、手を合わせてきました。

四度目のお盆に、釜石の現状をしっかと見て参りました。

posted by かまなりや at 17:06| 時事・私事・家事