2017年11月04日

 ねづく




水辺に立つ柳の木を見ていると、とても心が静まります。古くから柳の下には幽霊や夜鷹の姉さんなどが立っているという、悪めの印象がある木ですが個人的にはこの枝垂れた柳が殊の外好きです。

画像は都立善福寺公園のシダレヤナギ、とても良い場所に生えています。シダレヤナギは湿地を好むので、池之端にあるこの木はとても恵まれた環境に根付いた(植林された?)と思います。木は、風や動物に種子を運んでもらう以外中々自ら定着する場所を選べません。然しながら芽を出し、根を張ったその場所がいかなる環境であろうと黙って粛々と生きる姿に心動かされます。日当たりもよく、この公園が何がしかの理由で壊されない限り伐採される心配は薄く、安心してこの場所で生きることができるでしょう。

人間も、気が付けば生まれていて、出生地も親も選ぶことができないのは植物と似ているとも思いますが、人は成長と共に学び、親から離れ、自分の生き方を選択する余地はありますので、植物と比べれば自由な方でしょう。然しながら、一所に落ち着かずフラフラしていては仕事も侭なりますまい。(例えば葛飾北斎のようにそれでも上手くゆく人も居るには居ますが・・・)

人もある意味、強い根をはやして生きていかなければいかんのでしょうなぁ。 (11月5日記)

posted by かまなりや at 00:00| 哲・考・生