2018年11月08日

 ちょこ




先日5日に益子の陶器市で買った、猪口形のぐい呑みです。作者は、見目陶園(けんもくとうえん)の見目木実(けんもくこのみ)さん。すーっと挽いた轆轤は力みが無く、とても大らかなロクロ目で、砂目の赤土に白化粧がこれまたサックリとかかって小気味の良い景色を作っています。お酒を注いで呑んでみると口縁の山道も口当たりが心地よく、持ち重りせずしっくりと手に馴染みます。多分ですが、作家さんがほぼ無意識にたくさんの品物を作っているうちに生まれた一つでしょう。

大正から昭和にかけて、とある哲学者が民芸と称して職人の仕事をひと括りに論じたことがありましたが、現代の工芸界は多彩に発展し、一昔前の民芸論は時代にマッチしなくなったように思います。哲学者が『無学』と称した職人さん達は今はひとかどの作家として自覚、自立しています。益子は今でも民芸の里などと云われていますが、陶器市を歩いてみて感じるのは、個性ある作家さん達と活気ある窯元さんの協力関係が調和した自由な雰囲気です。

このぐい呑みにも民芸の『数多く作る中に健康な美が宿る』という美意識は、遺伝子として内包されているとは思いますが、作家個人の製作過程のフィルターを通ることで昇華されているように感じます。それゆえに、益子の作家さん達が民芸の『手仕事の美』を各自咀嚼した上で自己の製作理路を優先して作る作品は、個々に魅力的で好ましく思います。

昭和は過ぎ、平成も終わります。来る新時代、益子焼がどのように進化するのかはわかりませんが、これからの時代を同じ時間軸で過ごしていけることは、末席ながら陶器に携わる者として果報この上もありません。


posted by かまなりや at 00:00| 焼きもの