2015年01月08日

 われふじ


 洗面所で歯磨きをしていて、うっかり
 ガラスのコップを落としてしまいました。
 コップは割れてしまい、やれやれ勿体
 ないわ危ないわで往生しました。

さて紙にでもくるんで危なくないように捨てるべいと割れた個所
を繁々眺めたら、何やら富士のお山のようです。こりゃあ正月
らしくっていいやと、割れた口を接写してみました。

ただの偶然ではありますが、正月早々くよくよしても始まります
まい。こいつぁ春から縁起がいいわいな、とポジティーブに見得
を切って、同じ失敗をしないように前向きに生きましょう。

寒中お見舞い申し上げます。

posted by かまなりや at 17:44| 哲・考・生

2014年11月27日

 しゅっしん


 出身地には明確な定義がないそうです。
 国交省によると、「15歳くらいまでの間
 で、もっとも長く過ごした地域」とされて
 います。

出生地なら生まれた場所ですから定義は簡単ですが、出身
地となると転勤族の親御さんをお持ちの方は複雑でしょう。私
は生まれは東京、育ちは神奈川、長じてからも茨城や栃木
また岩手からもたくさんの影響を受けています。

東京女子大のゼミの方々が出身地を鑑定する方言チャート
完成させたというのでやってみました。30項目ほどの方言の
質問に、はい、いいえで答えるだけの簡単鑑定ですがとても
面白かったです。では、その鑑定結果は 『神奈川県』 東京
出身とはいえ、もうすっかり神奈川人になったようです。

でも、どれか一つに絞る必要はないようにも思いますが、まあ、
人に故郷を尋ねられたら 『関東モンでござんす』 とでも答え
ましょう。

posted by かまなりや at 17:07| 哲・考・生

2014年07月26日

 あ り


 蟻が活発に動いていました。クロアリ
 の集団移動は中々見応えがあります。
 忙しく動くさまはちょっとキビがわるい
 ですが、見物ではあります。

蜂もそうですが、蟻は個と全の区別がつきません。一つ一つ
が何かの秩序を持って全体として動いているように見えます。

こういう視野で人間活動を観たら、どう見えるのでしょうねぇ。

動画 (ゾワゾワが苦手な方は、見ない方がよろしいかと。)

posted by かまなりや at 17:10| 哲・考・生

2014年07月11日

 快 晴


 久しぶりにカラリと晴れた空を見て、
 梅雨気分も晴れました。時々、人間
 に生まれたことを恨めしく思います。
 大きな脳という荷が重く感じます。

複雑な精神を持ち合わせず、ただただ生きることだけに
純粋な生き物ならばもっとロジカルに楽〜に生きられたの
ではと思うのは、でもしかし、精神というものが求めるもの
ですから、それ以上にもそれ以下にもなれないとわかって
いながら、青い空を見ながら煩悶しています。

前世、来世などというものは一切信じず、現世利益主義
でありますので、生まれ変わろうなどとは毛ほども思わず、
もがく人生を死ぬまで続けます。

でもちょっと、菌類や藻類に憧れます。

posted by かまなりや at 17:57| 哲・考・生

2014年05月22日

 クランク


 昨日の朝まで降った大粒の雨で、畑
 の春菊がべったりと倒れてしまいまし
 た。もうすっかり薹立ちして、お花畑に
 なっていたものです。

もう食べるわけではないし、花がきれいだから抜かずに眺め
ていたものですから惜しくもないのですが、こうも寝ると少々
不憫に思います。が、今日のお天気で寝た花は鎌首を持ち
上げるように上を向き、茎は鍵の手状に曲がっていました。

どんな状況でも生きようとする植物の強さを見るにつけ、その
強さに心が動きます。いっそ抜いて片づけてしまえばいいの
でしょうけれど、もう少し眺めてその気概から学びましょう。

『元気をもらいました』 という表現は、苦手です。

posted by かまなりや at 17:16| 哲・考・生

2014年05月20日

 発 芽


 16日に蒔いたコマツナの種が芽を
 出しました。猫ニモマケズ、糞ニモ
 マケズ、三年トイウ年月ニモマケヌ
 植物の種は凄いなと思います。

芥子粒ほどの小さな種の中に、遺伝情報も細胞もみなすべ
て閉じ込めて種を保存する生き物の知恵は何と表現したら
よいのでしょう。この小さな芽が太陽光を使って光合成を
し、根がケイ酸化合物を取り込んで茎や葉を強くする仕組み
は、不思議の上にも不思議です。

大きくなったら炒め物や、味噌汁にしていただきます。

済まないけれど、すくすくと大きくなってお呉れ。

posted by かまなりや at 19:02| 哲・考・生

2014年05月07日

 おにぎり


 握り飯というものは実に美味いもの
 です。私のお握りはまん丸型、三角
 も俵も握れますがやはり地球の恵み
 は、星のように丸くあるべきです。

そして、どんな形でもしっかりと握ったものが好きです。
食べている間にポロポロするのは嫌です。なるだけ、表面
はしっかり中はふんわりするように心がけます。お寿司の
ように中に少し空気を残すのがコツでしょうか。

海苔は直巻き、隙間なくびっしりと埋め尽くし、ご飯の水分
で海苔がしんなりしたらいただきます。中身は無くても構わ
ず、塩をきちんと効かせ米と海苔の味を噛みしめます。大き
なものを握るなら、梅干し、こぶ、鮭などの具を勘案します
が一等はやはり 『おかか』 これに勝る物は在りません。

真っ黒いまん丸なお握りをみていると、これが地球なら我々
はこの海苔くらいの存在なのだろうなあと思います。地球の
中はほとんどがマントルという鉄とニッケルの塊であるとか。

地球の生物は美しいですが、ずいぶん薄っぺらいところに
貼りつくように生きているのですなぁ。

つくづく、地殻活動の安定を願うばかりです。

posted by かまなりや at 16:58| 哲・考・生

2014年04月24日

 幸運数


 朝9時からのFM横浜のラジオ番組を
 聴いていると、しきりに星占いをやって
 いて 『あなたのラッキーナンバーは9
 です』 などと言っています。

毎度毎度、何で一ケタの数字しかないのか疑問に思います。
たった9通りの数字で何億の人間の運勢などが決まるなんて
信じる前にバカバカしくて呆れます。せめて暗証番号ほどに
4~6ケタあれば信頼もできるというもの、『今日のあなたのラッ
キーナンバーは929512です』 なんて分厚い数字を提示して
くれれば、なるほどと得心がいきます。

ラッキーカラーにしてもおよそ12色入りのクレヨンほどの色し
かなく、不満です。せめて、日本の伝統色456色ほどもあれば
納得がいきます。『あなたのラッキーカラーは、鶸萌黄(ひわ
もえぎ)色
でーす。』 なんてラジオで言ってくれれば、ほほう
この局は信頼できるわいと、一目置けましょう。

万事、万民に受けるためには単純がよろしいようですが、無責
任に単純化されたメディアに毒されておバカにならないように
気を付けたいものです。

posted by かまなりや at 17:01| 哲・考・生

2014年04月18日

 えびでんす


 最近 『エビデンス』 という言葉が気
 に入ってよく使っています。医療現場
 で多く使われる用語ですが、IT業界
 でも頻繁に使われているようです。

元は英語の 『evidence』 で、証拠・根拠と訳されますが、
各業界で意味合いの違った日本語英語として重宝されてい
るみたいです。私が使っているのは懇意の外科医師から教
わったニュアンスで、『医学的、科学的に十分検証され、臨床
事例も積み重ねた上での確たる論拠』 というニュアンスです。

例えば、『メタボリックシンドロームの日本のガイドラインには
確たるエビデンスがあるわけではない。』 といったように使わ
れます。が、医学に携わっていない私はこれを面白がって真似
ているだけで、誰かが 『揚げ物は揚げたてが一番だ』 などと
いうと、『ほう、それには確たるエビデンスがあるのですかな?』
などという程度のごくちゃちな使い方です。

新しい細胞を作って一躍時の人となった研究者が、一転窮地に
立たされている報道には呆れるばかりですが、一体どうなって
いるのでしょうか?とても難しい研究であることは承知ですが、
200回も成功させたことがあるのなら、確固たるエビデンスを
お持ちでしょう。ごちゃごちゃ言い訳などせず、皆の目の前で
あらよと作って見せれば済むことでしょうに・・・万能の細胞
ならきっと海老だって作れちゃうことでしょう。

画像は天ぷらの王様、車エビデス。

posted by かまなりや at 17:59| 哲・考・生

2014年04月16日

 アニミズム?


 すっかり陽気も暖かになり、ご飯炊き
 のシーズンがやってきました。冬場は
 寒いことと、暖房のストーブでお湯が
 沸くので薪炊飯の頻度が下がります。

画像はご飯炊き用重石愛称 『ネンネン石』 何か口を開い
て文句の一つも言いそうな愛嬌のある姿が、子供が小さな
ころ読んでいた漫画 『忍ペンまん丸』 に出ていたネンネン
というキャラクターによく似ているので、そう呼んでいます。

無機物である物に名をつけたり、まるで生き物のように扱う
ことは、擬人化などと言われますが、私はこれがあまり好き
ではありません。まあ、石に愛称をつけるくらいは洒落でい
いかと思いますが、石にも魂があるなどとは人間の側から
の都合に他ならず、石が生きているとは思えません。

けれども自然の造形が偶然にもそのように見えるなら、そん
な物に名を付けたくなる人の心理も理解ができます。鍾乳洞
や渓谷の奇岩など、微笑ましい物も多く見受けます。たまさか
車やパソコンに人の様な名前を付けて呼んでいる人がいて、
『この子はねぇ』 なんて言っているのを見かけますが、
あれはちぃとキビが悪いですねぇ。

まあこれは好き好きですし、そういった行為を全て否定する
つもりはありません。もし読者の皆さんでそういう方がいら
しても、どうぞ気を悪くしないでください。

posted by かまなりや at 18:03| 哲・考・生

2014年03月15日

 春黄金花


 裏庭のサンシュユが今年は花を沢山
 付けました。小さな苗木を頂戴し植え
 たものですが、かれこれ3~4年経つで
 しょうか、しっかり根を張ったようです。

別名 『ハルコガネバナ』 早春に地味ながらも黄色い小さな
花がつくことからそう呼ばれたものでしょう。花にあやかって
コガネが溜まると良いですねえ。風水的には西に黄色いもの
があると良いのだとか、正にこの木は芋乃市場の西側にあり
ます。まあ、その手の 『ウラナイ』 の類は一切信じていま
せんので、信じぬものは救われますまい。

植物は偉いものです、一所に根を下ろしたらそこがどれだけ
厳しい環境でも生きることに一所懸命です。特に今年の冬は
難儀だったことでしょう、それでもグズグズ言うことも無くがっ
しりと生きている様に感心します。そういった生きざまにこそ
学ぶ点が多くあると思いますので、占いなどに寄りかからず、
自分の足の裏にリキを入れて頑張って稼ぎましょう。

posted by かまなりや at 17:55| 哲・考・生

2014年02月23日

 よかん


 今日は空気がとても冷たい一日でした。
 やっと雪も消えつつあり、梅の花もぼち
 ぼち開いていますが、春はまだまだ遠く
 に感じます。

寒の時期を過ぎても残る寒さを 『余寒』 といいますが、
今日などはまさに余寒が身に沁みる一日だったと思います。

冬が終れば春が来て、花が咲けば木が萌えて、葉が茂れば
暑くなり、秋が来れば葉が落ちて、陽が詰まって冬が来ます。
毎年毎年の繰り返しの中で思うことはさまざまですが、所詮
生まれたからには死ぬまで生きねばならぬ身です。くよくよ
せずに笑って暮らし、いつしか馬齢を重ねて寿命が来たら
じたばたせずに、あばよってな具合にくたばりましょう。

明日は何か嬉しいことが起こりそうな予感がします。

posted by かまなりや at 17:31| 哲・考・生

2014年02月11日

 Run.Melos!


 中学2年生の書いた作文 「メロスの全力
 を検証
」 という研究レポートをとあるサイト
 で発見し、面白く読みました。理数教育研
 究所主催の塩野直道賞の受賞作品です。

小説の記述からメロスの往復の時速を推定し、諸々のエピソー
ドも加味しつつグラフ化して検証する理数的切り込み方は生真
面目で、それがまた興をそそります。短いレポートですが、意外
にメロスの走る速度が遅いことを発見し結びではタイトルに少々
の注文をつけるところなどもウィットが効いていて共感します。

この検証によれば、メロス往路の平均時速は3.9km 復路に至っ
ては2.7km 最後に死力を尽くしたところでさえ5.3km です。私の
お散歩の速度はゆっくりのんびり歩く時で4km ほど、急いでとっと
こ歩く時には6km です。メロスは明らかに散歩程度のスピードで
しか移動していません。果たして彼は余程の鈍足ランナーだった
のか、はたまた障害でも持っていたのか・・・そこは理数の範疇
ではなく、哲学での切り込みが必要でしょう。

文芸作品に理数の検証を持ち込んで云々するのは野暮に他なり
ませんが、小説の考証こそこういったことをしっかり踏まえる時代
になったのだと解釈すれば、若い世代の方々にはこういった視点
を大事にして欲しいものだと思います。

著者は故人ですが、生きていらしてこの作文を読んだらどういっ
た感想を述べたでしょう。思うに太宰治がこれを読んだとしたら、
『作者はひどく赤面した』 のではないでしょうか。

一般財団法人 理数教育研究所

posted by かまなりや at 17:46| 哲・考・生

2014年01月17日

 寂び


 画像は裏庭の笹藪です。
 冬枯れてカラカラといった感じです。葉は
 枯れ落ちて朝の凍てに萎れ、木々は只只
 じっと寒風に耐えている様子。

茶道の侘びの美意識を和歌の境地に準えて 『枯れかじけて寒かれ』
と評します。まさに冬枯れの藪は枯れかじけていて、侘しい限りです。
でも、実はこの藪の中にも冬を越す虫や鳥が静かに息づいているか
と思えば表面的な寂しさの向こうに春の息吹も感じとれて、心持ち
はぬくみます。

大寒まであと2日、寒さはいや増すばかりですが、冬至を過ぎて日脚
は確実に伸びています。季節の移ろいとともに、その今日只今一瞬を
感じて楽しむこともまた 『乙』 ではないでしょうか。

後日悔恨しないよう、今をきちんと感じて生きることが一期一会の
精神にも合致すると思います。美は人とともに移ろうものでしょう。

posted by かまなりや at 17:44| 哲・考・生

2013年12月26日

 いなにわさま


 芋乃市場の厨房には荒神様を祀った神棚が
 あります。さして熱心に信仰はしていません
 し、お札も一昨年あたりから変えていません。
 祖父母が作ったいわば名残りです。

夏に大曲の花火見物に行った方から頂いた稲庭うどん(佐藤養助商
)があまりに有り難くて、この神棚にお供えしました。それがついつい
そのままになっていて、今では荒神様より稲庭様の方に手を合わせて
いる始末。

荒神様も稲庭様も元を糾せば人間が作ったもの。文盲な時代の偶像
を崇めるよりも、人の手が作った素晴らしい乾麺の方が私には神々し
く思えます。下さった方は飾ってないで早く食えよと仰いますが、どう
してどうしてありがたくて中々棚から下ろせません。何かのお祝いの
席にでもいただくことにしましょう。

稲庭うどんの最高峰は、ハレの席こそが相応しいのです。

posted by かまなりや at 16:52| 哲・考・生

2013年12月22日

 のでなので


 今朝、そばを打ちながら漫然と地元FM局の
 番組を聞いていたら、やたら語尾に 『ので』
 を使い、文頭に 『なので』 を頻発する女性
 のゲストコメンテーターが出ていました。

それでなくても耳障りなのに、コウも連発されると神経に障ります。
聞けば家電コーディネーターだかいう肩書き、暫く聞き耳を立てて
いましたが、言葉使いは汚いはボカシ表現は出るは、無駄な傍聴
は止めて心を閉ざしました。

いみじくもコーディネーターなどという商売は、人様に良いものを
勧めるのを生業としているはずですが、汚らしい言葉ではその本意
も伝わりますまい。私などは偏屈ですから、こんな無様な日本語を
使う人の勧めるものは敬遠しますし、この方の知性にも大いに不信
感を抱きました。

『なので』 はたいそう流行り、もう市民権を得たかのように当たり前
に誰もが使います。NHKのアナウンサーですら放送で普通に使う
ほどです。言葉は変化するものですし、だいぶ耳慣れてもきました。
しかし、文頭での使用は誤用であることに変わりは無いのですから
ほどほどに使わないと、私はお馬鹿ですと白状しているようなもの。

きたねー言葉を使う人は、きれーな顔の人でも、イヤなのです。

【 画像はウチのおバカ猫 りそな 】

posted by かまなりや at 17:26| 哲・考・生

2013年12月02日

 ししこまいぬ


 とある神社の狛犬です。右側の阿像が何だか
 笑っているように見えて愉快だったので、失礼
 して写真を撮りました。守護獣が微笑んでいる
 のも中々いいモンです。

狛犬の起源は欧州の獅子座思想が中国へ渡り、加工されて日本に
伝来したとされています。元来は獅子、更にこれが仏教の阿吽思想
と結びついて日本特有の一対の獅子狛犬になったとか。この伝来系
のブレンド感がいいですなぁ、実に乙です。

私は神様も仏様もキリスト様も全く信じていません。 然しながら、
弱い人間が作り出した信仰というシステムは肯定しています。そして
そんな人間達が作った信仰の象徴造形物が大好きですし、人の創作
した 『八百万の神々』 をとても愛しく思います。

画像の獅子像も、どこかの石工さんが心を込めて彫った物でしょう。
会ったことも無い作者の想いが表情に表れていて、とても好ましく
感じます。日本人の曖昧な笑みが象徴されているようにも見えます
し、アルカイク・スマイルのようにも見てとれます。

人間いろいろ、神様もいろいろ、唄の文句じゃないですが、
人の心の中にはその数だけ神様が居るのだろうと思います。

こちら吽像の狛犬
posted by かまなりや at 16:48| 哲・考・生

2013年11月28日

 暮るる


 初冬の夕暮れは、いざ陽が傾くとあれよあれよ
 と暗くなります。この一瞬の時間の移ろいを
 感じるのが好きです。日の出の待ち時間より
 も地球の自転を実感します。

人も自動車も気忙しく家路を急ぎ、鳥も急いでねぐらに戻る仕度です。
そんなみんなが動く時間を立ち止まって見ていると自分が地球の上に
立って一緒に自転しているのを感じながら、動いている人たちには置い
ていかれる様な不思議な気持ちになります。

写真など撮ってまたぞろ自分が動き出すと自転感覚は消え、動く人と
同じ時間軸に乗っている気がします。動いている車を眺めている気分
と、自動車の中から動く町を眺めている気分の違いとでも言いましょ
うか・・・ そうやって停まったり、動いたりしているうちに、地球はどん
どん回っていって、また歳をとっていくのでしょう。

50歳と11ヶ月の冬の暮れにそんなことを思っています。

posted by かまなりや at 17:11| 哲・考・生

2013年11月24日

 でんちゅう


 電信柱がわりあい好きです。
 景観を損なうなどと、一部の街では埋設し消え
 つつある電信柱ですが、何となくロジカルな配
 線と程良い 『たわみ』 加減にグッと来ます。

そしてやっぱり気になっちゃいます、碍子(がいし) 写真の電柱の
トップにきれいに並んだ忠実碍子はクランプ形。そして斜めに張っ
た支線ワイヤーの中ほどには玉碍子が良い仕事をしています。
つる植物を防ぐアイビーガードも効いていますねぇ。

昭和世代は電柱に三丁目の夕日的愛着を持っているのでしょうか?

初冬の夕暮れは、電柱1本を見ても胸がキュンとしちゃいます。

posted by かまなりや at 16:08| 哲・考・生

2013年11月19日

 かれすすき


 枯れたススキの穂が冬晴れの日差しに輝いて
 綺麗です。別名 『枯れ尾花』 何だか心寂しい
 印象の単語で、昭和世代には、さくらと一郎の
 『昭和枯れすゝき』 の歌詞が思い浮かびます。

しかし、この銀色に輝く穂の中には種子がびっしりとあって、風に
乗って子孫は飛んでゆき、新天地でまたススキは繁茂するのです。
枯れススキは世間に負けた二人の象徴というよりは、イネ科植物と
しての次世代への希望の星です。

秋は動植物の繁殖の結果がたわわに実り、冬は来年への充電期間。

四季に移ろう自然から学ぶべきは生物のしたたかな強さでしょう。

posted by かまなりや at 17:35| 哲・考・生